「落語論」からの語り

 「落語論」(堀井憲一著)にある“言葉の技術”が、いろいろな場面で参考になる
  とのコラムがありました。
  それは「聞く」という趣味の領域を超えた「語り」があることを分析、教えてく

  れるという内容であり、ちょっと面白いなと思い、取り上げてみました。
 落語の本質を探っていくと、次のことが読み取れると云っています。
  ◆身体性
   落語は言葉を聞き、身振りを見ているのだが、自分に心地よい(上手い)と

    感じる場合、自分の身体そのものに響いてくるのだそうです。
  ◆参加性
   その場の聴衆の「気」を読んで、その場で語ることを決めていくユニークさ

    があります。
    聴衆と一緒に、参加なしには成立し得ないものかもしれません。
 さて、この見方、性質をリーダーがコミュニケの語りかける面との関係でみる

  と、確かに参考になると思いました。
(1)説得力を増す
  口先三寸であっても、相手に何か「イメージ」を生じさせる言葉の技術に通じ

   ています。
   ビジネスの提案、プレゼンにおいてまず、テーマをイメージさせると、その後

   の説明や資料に対しスムースな理解を得ることができると云われています。
  素直な語り口は「音」として心地よいのであって、高低音、早さなどを使い分

   けると、身体そのものに語りかけ説得力となるのです。
   だから、音楽も身体性を持っているのです。
  この「語りかけ」の上手い人、とりわけスピーチ上手な政治、経営のリーダー

   は聴衆を意識した質疑応答をしており、自然と感情に訴えているように思いま

   す。
   どこかで「身体」に訴えかけ、語りかけるところがあるようです。
  企業のリーダーシップを振り返ると理屈だけではなく、感情に語っていく、

   配慮していくリーダーがいます。
  我々の年代はそういう人に弱いことが、経験から分ります。あまり賛成では

   ないが、ついつい納得してしまうのです。
(2)実行度を上げる
 ・ 落後家は高座を通じてお客がしっかり反応(参加)する中で、そこから学び、

   経験を重ねていくのです。
   お客も見聞が肥えて、支えているのです。そして、双方が融合するようにし

   て、上の階段を登っていくのです。
 ・ 日常の仕事なら特に、これといった部下とのコミュニケは必要ないでしょう。
   ただ、デジタル化したコミュニケが増えている現在、リーダーが直接“語りか

   ける”ことによってプラスアルファが加わったり、改善の方向が皆んなと共有

   している、参画していることを確実に伝えることができます。
 ・ 各地の「祭り」を見ていると、参加型中心がそれを楽しみにしており、意気

   盛んのようですね。
 ・ 口達者で物知りでもビジネスの実践においては、1人ではできません。
   そこには、それぞれのコネクションの中で蓋然性を探り、共感をもって進めて

   いくのが一方的な指示命令と比して、よい成果に繋がるように思います。
   プロジェクト案件はまさに、これが適しているようです
 ・ 参加型はスピードに不安を残します。
   これに対しリーダーは日頃から他の人の仕事の進捗具合をみて手助けをする

   などをそこそこやることです。億劫、気詰まりが除かれ、何かあれば参集して

   スピードある行動がとれます。
 ・ 高座のお客が次は何を云うのか、どう振る舞うのかに目線を行き渡らせている

   ことに通じるようです。
・ 以上、昔を懐かしむようなスキルと呼ばれるかもしれないが、それを分った上

  での柔軟な対応は部下が「自分を見知った中で、認めてくれている」ことでの

  ヤル気を維持しているような気がします。
・ 落語は「語りどころ」「見どころ」を作っており、それをお客が感じて安心し

  たり、納得しているようにも思えるのです。
・ チームで1つの仕事を遂行するのに皆んなの協力が必須ですが、「見どころ」

  「語りどころ」をリーダーに期待しているのかもしれません。
  論理性が必要条件とするなら、“ヤルか!”にさせるこれが十分条件と云え

  ます。
・ まさに、「語る人」と「評価する人」がいて、共通の何かを持っているところ

  に落語の良さがあると思います。